2015年8月30日日曜日

法務関連スタートアップ - アメリカ・日本の傾向等

1. はじめに
アメリカでは、Legal marketの市場規模は$400 bilionとする予測もあり、法務関連のスタートアップも多数登場しています。報道記事によれば、2013年の法務関連スタートアップへの投資額は$150 million超とされており、スタートアップ企業等のデータベースAngel Listに登録されている法務関連スタートアップ企業の数は900を越えています(平均valuationは$4.1Mとのこと)。

2015年8月18日・19日に開催されたY CombinatorのSummer 2015 (S15) Batchにおいても、参加した85社のうち、legal関連の事業が3社含まれていました。(なお、YC S15参加チームの紹介についてはこちらのブログも参照。https://medium.com/@tdk1105
報道記事等によれば、3社の概要は以下のとおりです。

ROSS Intelligence (紹介記事
IBMの人工知能システムのWatsonの自然言語処理能力を活用した法律関連リサーチツールを提供。裁判例等の法律関連情報が複雑・膨大すぎて、キーワード検索ではうまく情報が見つからないという現状に着目し、通常の会話のような質問等での検索を可能にする。現在は倒産・破産関連分野が中心だが、今後拡大予定。

Ironclad (紹介記事
企業向けにNDA・売買契約等の雛形を提供、基本情報を入力して契約書の作成が可能。
現在提供しているベータ版では(a)NDAの作成は無料、(b)販売契約・委託契約等の追加の雛形へのアクセスについては月額$49、(c)ユーザー独自の雛形をインポートできる機能の追加に$199とされている。

Willing (紹介記事
(a)法的に有効な遺言を簡単に作成できるオンラインツール、及び(b)葬儀場・墓地等の費用を比較できるプラットフォームの提供。

2. アメリカにおけるlegal関連スタートアップ
報道記事によれば、アメリカのlegal関連スタートアップの傾向として主に以下の3つのタイプがあげられるとされています。

①オンライン契約書作成ツールの提供
典型的な契約書の雛形の提供や、具体的な情報を入力することによりカスタマイズされた契約の作成が可能となるオンラインツールを提供。中小企業やスタートアップ・個人事業主等をメインターゲットに、弁護士に依頼するよりも安価な契約書の作成を可能にするものです。もっとも、雛形のみでは個別具体的な事情に応じた対応が必ずしも可能ではなく、弁護士への相談が必要となるケースもあるという問題は認識されています。そのため、雛形の提供とあわせ、個別事情に応じた弁護士への相談も可能なプラットフォームをあわせて提供する企業が多いとのこと。
具体例としてはlegalzoomRocketLawyer等。上記のIncladもこのタイプです。

② 弁護士と顧客をつなぐマーケットプレイス
顧客側は、専門分野・弁護士報酬金額・口コミ等をもとに自分のニーズに合う弁護士を探し、すぐにコンタクト・依頼することが可能となります。中には相談事項に対する複数の弁護士からの報酬提案を受け(bidのような形式)、これを踏まえて依頼する弁護士を選ぶことができるサービスも存在します。
弁護士側(特に大事務所に所属しない個人弁護士)にとっては顧客獲得の有効な手段となり得ると言えます。
具体例としてはPrioriUpCounselLawDingo等。
また、Hire an Esquireはlaw firmとlegal staffをつなぐマーケットプレイスを提供しています。

③弁護士の業務円滑化のためのtechnology tool提供
弁護士が時間を使うことが多いリサーチ・書類レビュー・請求処理等について、効率的に処理できるtechnology toolを提供するサービス。弁護士報酬はタイムチャージベースで請求されることが多いため、顧客としては弁護士報酬の低減につながり、また弁護士側は業務の効率化につながります。
弁護士のためのリーガルリサーチ支援ツール:CaseTextJudicataRavelLaw
機械学習を活用した契約書等の文書レビューツール:Kira Diligence EngineeBrevia
弁護士・顧客間のコミュニケーション円滑化のためのツール:LawPal(プロジェクト管理ツール)、ViewABill(報酬請求の管理ツール)
知財関連のファイリングの円滑化ツール:plainlegal

3. 日本におけるlegal関連スタートアップ
アメリカに比較すると、日本においてはlegal関連スタートアップはまだまだ少ないというのが現状です。
②マーケットプレイスのタイプとして、2014年12月に上場した弁護士ドットコムがあげられます(2015年8月時点の登録弁護士数8,300人超とのこと)。また、スキル・知識・経験等のC to Cシェアリングエコノミー型サービスを提供するココナラでは、2015年7月に弁護士による無料法律相談キャンペーンを実施しており、弁護士・顧客をつなぐ場としての利用の可能性も今後あり得るといえそうです。

4. 関連法規制
上記②マーケットプレイスにおいては、日本では弁護士法第72条の規定が問題になると言われています。弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で業として法律事務を取り扱い、又はその周旋をすることはできないとされています。これにより、弁護士・顧客の仲介について仲介料を取ることは違法となってしまいます。弁護士ドットコムでは、無料登録弁護士・顧客からは手数料を徴収していないこと、有料登録弁護士からは定額での登録料金を受領するのみであり、その料金は顧客の仲介件数等に応じて決まっているものではないことから、上記規制に反しない形での運用としているとのことです(FAQ)。

もっとも、上記規制は日本に特有のものというわけではありません。
American Bar AssociationのModel Rules of Professional Conduct 7.2(b)においては、弁護士は、認可を受けたlawyer referral service(各州やそのbar associationにより運営されることが一般的)に対して支払う場合を除き、弁護士以外の者による顧客の紹介に対してreferral feeを支払ってはならないとされています。
上記②マーケットプレイスタイプのPriori、UpCounsel、Lawdingo等においても、弁護士の情報を掲載するマーケットプレイスに過ぎず、特定の弁護士の推薦・周旋等を行うものではないとして、legal referral serviceではないとの立場を取っています。

5. 終わりに
日本では、アメリカと比較してlegal関連スタートアップはまだまだ少ないといえます。弁護士法の規制はハードルとはなるものの、同様の規制はアメリカにも存在しており、これだけが重要な理由ではないと考えられます。他の理由としては、弁護士の数がアメリカと比べて圧倒的に少ない・訴訟の件数も少なくリーガルリスクが相対的に低いといえることから、市場規模や顧客ニーズがあまり大きくないということはあげられるかもしれません。もっとも、弁護士へのアクセスが現状容易ではない個人・個人事業主・中小企業・スタートアップ等に対するアクセスの提供、リーガルサービスを既に利用している大企業・法律事務所に対する業務の効率化やコスト低減については、一定のニーズはあると考えられます。アメリカでの先進的な取り組みも参考に、今後日本で考えられるソリューションについて考えてみるのも面白いと思っています。